月20万円で暮らせていて、「今はこれで十分だ」と心から思える人がいます。
一方で、月100万円を得ていても、次に欲しいものが増え続け、ずっと足りないと感じる人もいます。
前者は20/20で、後者は100/100です。
満足度だけを見れば、どちらも100%です。
では、人生の幸福まで同じだと言えるのでしょうか。
この問いは、もっと稼ぐべきか、もっと成長すべきかという自己経営の迷いにつながります。
今を認めると成長が止まりそうで怖い。
けれど、足りないものばかり数えると、どれだけ手にしても苦しくなります。
僕はこの迷いを、満足度だけで解こうとしない方がいいと思っています。
今が満ちているか、選んだ未来にどこまで近づいているか、予想外に備えられるかは、それぞれ別の話だからです。
世界を知るほど、分母は大きくなる
幸せを、持っているものを分子、欲しいものを分母にした分数だと考えてみます。
欲しいものが1で、手に入っているものも1なら1/1です。
欲しいものが100で、手に入っているものも100なら100/100です。
1/1で穏やかに生きることにも、100/100を目指すことにも、優劣はありません。
ただ、もともと1/1で満ちていた人が100の世界を知ると、今までの1が変わらないまま、体感は1/100になります。
昨日まで足りていたのに、新しい仕事の水準、暮らし方、収入、仲間を知った瞬間に、自分が小さく見える。
知ったものすべてを欲しいものにしてしまえば、分母は際限なく膨らみます。
だから「足るを知る」は大事です。
でも、比較が怖いからと本当に欲しいものまで見ないようにするのは、自分の選択肢を閉じることにもなります。
満足度、成長進捗、余力は別の数字
この話を整理するために、僕は3つを分けて考えます。
| 見るもの | 自分にする問い | 何を表すか |
|---|---|---|
| 満足度 | 今の自分は十分だと感じられるか | 現在の充足 |
| 成長進捗 | 選んだ未来へどこまで進めているか | 望む方向への距離 |
| 余力 | 予想外や他者のために何を使えるか | 選べる自由と行動の幅 |
生活費が20万円で、その20万円があり、今の暮らしに納得しているなら、満足度は高い状態です。
一方で、自分で選んだ目標が100で、いま1しか届いていないなら、その1/100は不幸度ではありません。
選んだ方向へどこまで進んだかを示す途中経過です。
余力は、予想外や他者のために使える差分です。
月20万円が必要で20万円しかない状態と、月20万円で暮らせて100万円を得られる状態は、同じ満足度でも違います。
後者には、急な出来事、学び、事業投資、家族や仲間への支援に使える選択肢が残ります。
今日の暮らしには感謝しながら、未来に向けてはまだ途中だと思っていい。
今の自分を否定せずに、余力を増やしていくこともできます。
「選べないから望まない」と「選べるけれど選ばない」は違う
ウィリアム・ジェームズは、自己評価を成功と抱負や要求の関係で考えました。
アーサー・C・ブルックスも、持っているものと欲しいものの関係から満足を捉えています。
分子だけを増やしても、分母が無自覚に膨らめば満たされにくい。
だから、欲しいものを選び直すことは必要です。
ただし、欲しいものを減らすことと、選択肢を減らすことは別です。
アマルティア・センらが発展させたケイパビリティ・アプローチは、人が何を持つかだけでなく、どんな生き方を実際に選べるかを見る考え方です。
小さな暮らしを自分の意思で選ぶのは、豊かな生き方です。
けれど、選べないから望まないことと、選べるけれど望まないことは同じではありません。
僕が広げたいのは、欲望のためだけの分母ではありません。
自分で選び、守り、必要な時には誰かに差し出せる力です。
知った世界を、全部自分の目標にしなくていい
世界を知ることは、ときどき不幸感を連れてきます。
以前の自分なら十分だったものが、足りなく見えるようになるからです。
でも、その不足感を感じた瞬間に、世界を閉じる必要はありません。
知ったものの中から、自分が本当に欲しいものを選び直せばいいのです。
周りが持っているから欲しいのか。
それとも、その力や経験があれば、守りたい暮らしや届けたい価値に近づけるのか。
新しい挑戦を前にして、「わからない」「苦手」と感じるのは自然なことです。
その感覚を才能の判定にせず、次に育てる力を見つけるサインとして扱う視点は、「わからない」「苦手」にどう向き合うかで、人生は分岐するでも詳しく書きました。
大切なのは、全員が同じ100を目指すことではありません。
自分にとっての100を、比較や恐れではなく、自分の価値観から決めることです。
余力は、自分だけのために使うものではない
ハーバード成人発達研究は、長い追跡研究の中で、良質な人間関係と健康や幸福の結びつきを示してきました。
幸福が人間関係だけで決まるわけではありません。
健康、お金、仕事への納得感、自分の時間も大切です。
それでも、余力を持つ意味を考えると、その先に誰がいるのかは外せません。
自分が困らないためだけでなく、誰かの挑戦を支え、目の前の人に時間を使い、より良い仕事を届けるために、余力は使えます。
自分のために利益を求めることと、他者を大切にすることは対立しません。
自分を満たし、事業を強くすることが、結果として人に与えられる範囲を広げる場合もあります。
この関係は、自分のために利益を追求することは悪なのかでも考えています。
小さく満ちて、大きく動ける状態をつくる
僕は、1/1で穏やかに生きる人を否定したいわけではありません。
経験の数や収入の大きさで、人の幸福に点数をつけたいわけでもありません。
ただ、僕自身は世界を広げながら、そこへ追いついていく人生を選びたいと思っています。
より多くの経験をし、得たい感情を知り、より深い関係をつくり、誰かに与えられる存在になりたいからです。
その途中には、1/10や10/100の時期があります。
でも、それを不幸度と決めなくていい。
自分で選んだ未来への進捗として見られれば、足りなさは伸びしろになります。
今日の自分を満たしながら、明日の選択肢を増やす。
小さく満ちて、大きく動ける状態をつくる。
それが、僕が考える自己経営です。
今の満足、選んだ未来、余力のどれが自分の中で混ざっているのかを、一人で整理しきれない時もあると思います。
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